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ヴォネガット『これで駄目なら』の邦題について

カート・ヴォネガットの没後9年を経て、今また新刊が編まれて邦訳まで出版されることはとても悦ばしい。そういうものだ。翻訳は円城塔、帯には糸井重里という布陣で、新しい読者にも届くことが期待できる。これからも多くの人にヴォネガットの小説が読まれて欲しい。

ただこの邦題には違和感を持った。

原題はIf This Isn't Nice, What Is? 。本文ではこのように訳されている(p.47)。

これで駄目なら、どうしろって?

意味は損なっていないし、日本語として自然だ。だが、「駄目」というネガティブワードが気になる。原文は nice というポジティブワードの修辞疑問文だ。心優しきニヒリスト、皮肉屋のヒューマニストであるヴォネガットの言葉として適切だろうか。

浅倉久志であれば何と訳しただろう。そういうものだ。答えは、ある。

これがすてきでなくて、ほかになにがある?

小説『タイムクエイク』の中の重要なフレーズなのである(1998 p.28 第4章3段落ほか)。英語から直訳した村上春樹のような文体だし、本のタイトルとしては締まらないかもしれない。だけど、この訳が正解だと思う。『タイムクエイク』の本文中では「これで駄目なら〜」とは訳せないのも明らかだ。

偉大な先達の翻訳者と僕のような五月蝿い愛読者がいる作家を訳すのは大変だ。

 

あるいはヴォネガットの読者なら nice という単語を聞けば、ボコノン教のカリプソから「ナイス、ナイス、ヴェリ・ナイス」を思い起こすのではないだろうか。